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TEXTILE COLUMN福田織物のテキスタイルコラム

アパレル業界は「ローカル×メジャー」から「グローバル×ニッチ」への構造転換のすすめ

2020.07.25

偉そうな事の題名にしているが、私も、そろそろゴールが近いので、本気で、アパレル興亡を、私なりに分析してみたことを書いてみた。私は、織物産地から、アパレル業界をみているだけなので、この文面は、根拠がなく、私なりの主観で書いたものなので、反論する人もいるかもしれませんが、いい加減な文面として楽しんで読んで頂ければと思っています。

18世紀の産業革命以来、強いビジネスとはすなわち、「大きなビジネス」である。莫大な資金によって垂直統合型のビジネスモデルを構築し、大量生産したものを巨額な広告費をかけて、日本全体に、コマーシャルを行い、広範囲に流通網で売りさばく、というビジネスこそが常に勝者であり、資金を集められない、少量生産しかできない、もちろん巨額な資金をかけて広告ができないものは、いつまでも表舞台にでられずに、儲からないビジネスになっている

スケールビジネスは、始めに、百貨店アパレル、スーパーに変わり、TV通販、ファストファッションに変わっていく。20世紀の後半にインターネットが普及するまでは、サービスや商品を世の中に告知するためには、新聞やテレビ、雑誌などマスメディアに頼らないといけなかった。日本のファッション業界も、細かなターゲットを設定しずに、海外からのブランドとライセンス契約をして、強いブランドを取り組んで、成長していく戦略だった。

マーケッテングの2大パラダイムとされてきているものに「プロダクトアウト」「マーケットイン」という概念があります。前者が、日本のアパレルに代表される、大量に生産し、大量に販売する、「先にアパレル商品ありき」の考え方が主流のように見合えるが、案外と、海外のトレンド情報を集め、顧客データーを分析して、アパレル商品を作ってきた。あり意味、この分野はすごく海外より進んでいたように思われます。

日本のアパレルは、1980年代後半、POSシステムを導入して、販売実績を即座に収集するため、従来よりも速いスピード・高い精度で売れ行きを把握できます。このデータを在庫管理やマーケティングに活用し、商品造成や集客戦略も効率的にできるようになりました。このシステムをフル利用したは、ワールドで、お客様が何が欲しいのか?が数値化で分かり、売れ筋アパレル製品を置くことで、日本のアパレルをの頂点に立ちました。このときの成長率は、圧倒的に売上が伸びていました。他のアパレルもPOSシステムを見て、追従することになりました。

そのため、テキスタイルや、縫製の短縮が一気に進み、この時期から、アパレルは「プロダクトアウト」から「マーケットイン」に変わりはじめました。従来のアパレルは、デザインやテキスタイルに時間をかけて作っていましたが、今は、2000年から、商社、OEM、ODM業者を通して、テキスタイル、デザイン、製品を企画したアパレル商品を購入し、いち早く、顧客が欲しいときに、欲しいアパレル製品を届けることに特化してきました。

そのため、アパレル業界は、日本のテキスタイル、縫製は、単価が高く、生産リードタイムも長いため、商社、コンバーターは、隣のC国で、一貫生産で安い工賃で、生産スピードを進めてきました。アパレルにとって、「マーケットイン」とって、商社、OEM、ODMは都合がよかったのです。

アパレルは、必然的に、市場調査を用いて、「大きな市場セグメント」いう漁場を特定し、ファッショントレンドの製品を作り出してきました。例えは、アパレル製品のデザイン、色、テキスタイルなどが、他社との見分けがつかないくらいほど似通ってます。

なぜこのような事態が起きたのでしょうか。多くのアパレル企業は「マーケッテングの定石」に従ってアパレル製品を開発したからです。大規模な消費者調査、トレンド情報を行い、得られた調査結果を統計的に分析し、分析結果をデザイナーに正しくフィートバックしたところ、どこのアパレルからも金太郎飴のような似通った「正解」が提案せれることになるわけです。場合によっては、ODMで作られたアパレル製品購入することで、百貨店の売り場は、各アパレルブランドの境目がわかりにくくなっているのが現状です。

かたや、1970年代、イッセイミヤケム コムデギャルソン、ワイズなどの、日本代表するブランドは、「プロダクトアウト」のビジネスを展開して、成功を収めています。やはり、売りげ規模は限界がありますが、ブランドイメージは、トレンドに流されず、ブランド個性をだしており、厳しい経営環境かもしれませんが、40年以上、世界にもっとも影響を与えた、素晴らしいブランドです。

新興勢力として、ミナ・ペルホネン、サカイ、群言堂などのブランドも、「プロダクトアウト」になります。現在、アパレル不況下の中で、素晴らしい成長しているブランドになります。経営というのは本質的に差別化を追求する営みですから、いくら論理的に正しい解答であっても、それが他社と大同小異であれば、そのような「正解」には価値がありません。

ファッションの成功は、「ローカル×メジャー」から「グローバル×ニッチ」への構造転換が必要と思っています。「ローカル×メジャー」は日本のアパレルメーカーの、今までの「勝ちパターン」でしたが、海外から、有名アパレルブランドが国内市場に入ってきており、また、国内外のファストファッションも、いつの間にか、アパレル市場はレッドオーシャンになってしまいました。

そしてアパレルは、「ローカル×メジャー」では太刀打ちができなくなりました。

「グローバル×ニッチ」とは、「自分の作りたい洋服」に思いっきりこだわって製品を作った場合、潜在的な市場規模の大きさは、作り手になる個人の嗜好に共感する人がどれくらいいるのかによって決まる。もし同じような好みを持った人がたくさん存在すれば、市場規模は大きくなりますし、同じようなな好みをもった人がそんなにいなければ、市場は小さくなります。

しかし、いずれの場合でも、個人の感性が思いっきり反映されたアート作品のようなアパレル製品でしから「共感できる人」に対しては非常に強い訴求力を持つことになります。一方、市場における多数派の好みを最大公約的に拾っているために、訴求力を低下し、どうしてもファーカスの甘いアパレル製品になってしまう。

日本市場において5%の出現率しかない市場セグメントにファーカスを絞り、これをそのままグローバルな市場に展開すれば、先進国だけでも12億人の人がいるわけですから、市場規模は一気に数十倍に拡大されます。ここに、「グローバル×ニッチ」という市場セグメントにおける「スケールとファーカスの両立」が実現することができます。

この「グローバル×ニッチ」は、日本のアパレルは、サカイ、マツオインターナショナルなどが、ニュータイプなビジネスをおこなって成功しています。

やはり、こだわりアパレル製品を作っていくには、テキスタイルの開発が必要である。産地に行く経費がでないアパレルが増えてきたが、まだ、産地は消滅してないので、素材開発することをおすすめする。昔の戻るのではなく、「アート」していく能力をアップデートしていき、商品力とストリー性を見出していくしかない。

安くしても売れないのであれば、いっそのこと「本気で自分が欲しいと思うアパレル製品で勝負するべき」と方向転換することである。

「勝者の総取り」か「市場の多様化」か、しっかりアパレルはビジネスの方向することを決める時代になった。

 

 

 

 

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