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TEXTILE COLUMN福田織物のテキスタイルコラム

綿100/1ローンの完成まで

2020.05.29

綿100/1ローンのテキスタイル作りストーリー

前回は、1990年 一人のデザイナーから、借りた100年前のアンテークハンカチから、綿100/1単糸ローン織物がスタートした話からの続きです。

数ヶ月かけてサイジング(糊付)ができ、やっとのことで織りに入ったが、余りにも細い糸なので、よく切れて止まる。とくに細い糸のテキスタイルは、糸切れで止まると、横段(ヒマ)が出る。要するにc反。販売出来ない生地が織れてくる。一生懸命織っても、赤字になる。
さすがに、糸切れが少なくなる様に、サイジングと糊の研究が始まった。
前回も、話したが、全リスクは、福田織物が持つ事でスタートしたので、当時は、経営はとても厳しかった。眠れない日々を過ごしていた一番つらい時期だった。
借金だけ、増えて、資金繰は、相当苦しかったし、赤字続きだった時代だ。
1年の年月がかかり、何とかB反レベルまて、綿100ローンが織れるようになった。A反ではない問題だらけの綿100/1ローンを勇気を持って販売することにした。

 

 

まずは展示会で、お披露目をしていく、当時の私は、日本一の細い綿糸で織った100/1ローンテキスタイルを、たくさんのアパレル、デザイナーに高い評価、感動されると想像していた。しかし、結果は、残念ながら誰も評価してくれなかった。デザイナーがブースに入ると、真っ先に100ローンを見せましたが、興味無そうな態度、そして、挙げ句な果てに、「福田さん、趣味で織物織ってるの!」、「こんなに透ける織物、洋服ならない!」とまで言われた事は、今でも、しっかり脳裏に覚えてる。
やはり、直接言われると、心が傷つくものである悔しくて情けなさが、展示会中で、私の心の中で格闘していた綿100/1ローンが売れない、それは現実である。綿100/1ローン生地の市場もない、テキスタイルを作ってしまった。自信あった気持ちが崩れていった。当時はテキスタイルとしては、日本一の織物だと信じていたし、織屋としてのプライドはかなりあったが、さすがに、売れなくては、売り上げゼロ、会社の存続できるかの瀬戸際だったのも事実。
織り屋の、息子でしたから、今で言うと、プロダクトアウトのビジネスだったんです。今でも、かわらずですがね、マーケットインは、私の中では無用ですが!

展示会の数ヶ月後、突然、海外から、意外な、お客様が、弊社に尋ねて来てくれたんです。
スイスの紡績ヘルマンビュラー社の社員です。今回使用した、ヘルマンビュラー社の綿100/1単糸で、ローンを織って販売していると、スイスまで情報が伝わり確認しに、はるばると日本の掛川まて来てくれました。
私は、綿100ローンを見せましたところ、スイス人は、目を丸くして驚いてくれました。
見た事が無かったそうで、「ヨーロッパでは、綿100ローンは、見た事が無い、君は、世界一だ」と言われました。30 年前の話です。スイス人の顔は、さすが忘れましたが、ヨーロッパから確認しに来てくださったことは、今でも鮮明に覚えています。驚いたでしょうね、小さな町工場だったんで。そのとき、ヘルマンビュラー社の社員の、「世界一の綿100/1ローン」と言われてから、私のテキスタイル作りの方向性が決まった瞬間であったのです。超細い綿糸で織るテキスタイルメーカーになろうと決心しました。ちなみに、福田織物に届いて綿100/1単糸は、双糸用の糸だったそうです。

その後、会社は、相変わらず儲けが少なく、厳しい状況が続きました。

恒例の、生地の展示会で、ジルサンダーの企画スタッフが弊社のブースに入ってきたのです。選んだのは、なんと綿100/1ローンだったのです。ピックアップされた時は、さすが、「やった」と思いましたよ。展示会後は、嬉しさがあったが、その後、全く連絡がなかった。要するに、本国で、ジルサンダーが、綿100/1ローンを選んで繰らなければ、決まらいことくらいは承知していました。しかし諦めかけたころに、ジルサンダーから、東京のコンバターだったを通じて連絡がありました。「決まった。」という返事をももらいましたが、まだ、この頃は、輸出に関しては全く無知だったので、弊社は、生地の生産だけ徹し、コンバーターさんに輸出をお願いしました。ジルサンダーからの、一回目の発注書は、500m位だったと思います。500mの受注だったので、あまりにも少なかったことは印象的でした。

ジルサンダーに決まった要因は、スイスヘルマンビュラー社の社員が、綿100/1ローンは、「ヨーロッパに無い。」言ってたことが事実だっことが証明されたわけです。当時、綿100/1ローンは、透け感があり、日本の展示会では悪評でしたが、始めて、綿100/1ローンが決まったのが、ドイツの超有名ブランド、ジルサンダーだとは、考えもしませんでした。500mの発注が、春頃に入り、生産500m生産中に、2000mが決まりはじめ、それから1年半近く、発注が途切れずに続きました。1年後には、日本の店頭にジルサンダーの綿100/1ローンの洋服が並ぶようになった、その時くらいから、ジルサンダーの製品に、福田織物の綿100/ローンが、採用されていることが商社の間で話題になり、無名の福田織物が、商社の中で、イッキ光輝きだしました。海外ブランドから、福田織物は、有名になったんです。

約1年半も、ジルサンダーから、綿100/1ローン生地が続くと思っていませんでした。

問題だらけの、綿100/1ローンは、当時は、オールB反レベルの生地でした。しかし、ジルサンダーの1年半の受注が、綿100/ローンの生地のレベルを引き上げていきました。ジルサンダーからのクレームはありましたが、生産して半年以降から、ほぼオールA反レベルになりクレームは無くなりました。福田織物、極細綿織物技術は、ここから急激にレベルアップにつながりました。

その後、日本のアパレルから、綿100/1ローンを使用していただきことになりましたが、なんとも不思議なことです。

現在では、紡績技術が上がり、綿100/1コンパクトヤーンなど、誰でも織れる糸になりましいたので、綿100/1生地は、特別な織物ではなくなりました。当時は、本当にB反しか織れないほど、糸は悪かったです。稼働率も60%もあれば、良く織れていると判断していましたが、現在の、綿100/1単糸での織り稼働率95%以上は軽くキープしております。日本の技術も、海外の技術も進化しており、今では、綿100/1織物は、コモディティ化ており、更に、福田織物は、新たなチャレンジしています。

この、D-0316の生地は、クリーマでも販売しております