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TEXTILE COLUMN福田織物のテキスタイルコラム

40年間見続けてきた遠州織物。織物織機と未来への期待

2020.10.18

遠州織物とは静岡県の、御前崎市、掛川市、袋井市、磐田市、浜松市から成り立っています。

その中で、天龍社織物組合と、遠州織物組合2つ組合に分かれています。

天龍社織物組合は、別珍コール天を基盤に、綿織物を全般に織っていました。

前半は、1970年~1988年の、遠州織物の天龍社での歴史を紹介しました。

今回は、平成時代、1989年からスタートします。

【遠州織物のシャトル織機とシャトレスの歴史を書きます】

1989年時代織物織機の進化は著しくレベルが上がっていきました。そして、世界も、シャトル織機からシャトルレス織機に変わっていく時代でした。今でいうと、ガラケイからスマートフォーンに変わるくらい、織物機械機能がアップしました。要するに、織機の革新によって、テキスタイルが、一気に変わり始めた時代と言えます。

国内の織機メーカーは、レピア織機が売れないため、エアージェットの量産織機の開発を進めていましたので、イタリア、ベルギー製のレピア織機の性能が格段レベルアップ差がでてしまい、太刀打ちできなくなり。日本のレピア織機は、撤退していくことになていきました。今になると、日本の織機メーカーの衰退になることでもありました。

福田織物も、この時点で、国内産織機を諦め、イタリアのバーマテックを入れ、後には、ベルギーのピカノールを入れていくことになりました。

ベルギーから荒波を越してきたピカノールレピア織機 今は、弊社の職人は、ベルギー人のサービスとコミニュケーションする時代になった。

 

当時は、トヨタ、津田駒などは、国内はわずかで、アジア圏を中心にエアージェット織機を販売していました。

各織機メーカーは、相当な利益をだしている時代でした

その後、国内のレピア織機は、海外の織機メーカーに負け、199・・年頃には、津田駒がレピア織機生産中止、石川レピアも200・・年頃に生産中止した。

上記の写真は、津田駒レピア織機、もう販売していない。残念。

 

エアージェットは、生地は、どちらかでいうとペーパーライク平織りが得意で、シャトル織機は、膨らみのある生地になるが、どちらかで言うとベーシックな生地が特徴がある。

レピア織機は、織物が複雑で、複合的な織物、表面変化が得意な織機である。とくにジャガード織機、ドビー織機などは、レピア織機が主流になっている。

1988年から1955年頃は、遠州織物産地は、革新織機、レピア織機、エアージェットが入ってきました。当時の織機は、1台700万円~1200万円もしていたから、遠州織物産地では、他産地と比べて導入は少ない方だったと思います。遠州露鋳物95%は、家内工業で、2~5名程度の社員の構造でしたから、とても高額な織機を買えなかったのです。

この頃は、①廃業していくところ②新しい織機で、新しい織物を作って販路先を増やす、又は、③変化を望まないシャトルの織物の、3タイプの織物工場に分かれました。

1990年から2000年までは、815社から400社(天龍社織物協同組の資料参考)までに減りました。

 

 

2001年以降、レピア織機は、遠州織物の原動力になっていきました

1990年頃には、麻リネンは、遠州産地では、ほぼ織っていませんでしたが遠州露鋳物の腕利きの職人が、レピア織機の未来を託して、麻リネンの開発チャレンジしていました。当時のレピア織機メーカーは、麻は織れないからと、私は、直接言われたことを覚えています。しかし、なんと私達、遠州織物の織職人達が、絶対織れないリネンを、レピアで織りあげたのです。

福田織物も、日本全国な織物工場の社長さんが、弊社に見学に、沢山来られていました。難易度高い麻リネンを織っているレピア織機を見て驚いていました。

レピア織機のおかげで2001年頃から、麻リネンの第2ブームがきて、現在、麻織物は、遠州産地の代表になる織物まで生産量が増えていきました。遠州織物は、綿から麻の産地に変わってしまいました。

 

 

龍社ではコーデュロイ産地でしたので、エアージェット織機は、打ち込み本数が多いため、高速回転のメリットがあり、今でも、重要視されています。コーデュロイは、やはりシャトル織機よりも、品質が上がり、産地の活性化につながりました。

 

また、レピア織機、エアージェット織機で廃業していくとこはありましたが、そんなに遠州産地は、他産地に比べて、余り革新織機は入っていなかったのに、当時は、レピアやエアージェット織機を入れたところが廃業する、倒産すると、だからシャトルレス織機はダメと言われていましたが、それよりシャトル織機の方が、かなりの数が廃業してるのに、芸能ニュースみたいに、産地内で拡散する人達が多かったです。夢を追ってチャレンジして高額織機を借金して買ったのに、廃業していく人もいました。悔やまれます。その後、2000年から、レピア、エアージェット織機を購入する人達が減っててしまいました。

 

2001年~2019年まで。織物工場数は、約400件から56件(天龍社織物協同組の資料参考)までになってしまいました。

現在、遠州産地の広幅織機台数(2019年度)1451台のうち、シャトル織機869台、レピア織機440台、エアージェット織機142台になるが、2001年から、レピア、エアーは余り減っていないが、シャトル織機はかなり減りづづけてきた。もともと少なかったはずのレピア、エアージェット比率が高くなっているのです。

高速織機は、遠州織物は、余り導入が少なくなってしまい、そのため、遠州織物は、日本の織物産地から競争力を失なっていくことになる。30年前までは、遠州産地は、綿織物の高級テキスタイルと、品質も含めて、世界トップクラスだったが、技術の低下、生産性が低くなってしまい、綿織物は、西脇、泉州に綿産地が変わってしまった。本当に、30年前の輝いていた遠州織物は、今は形もないほどに感じられる。

遠州織物は、古典的な織物、シャトル織機の、素晴らしい風合いでとピーアルしすぎて、デザイナー一部から、遠州織物は無いと感じている人達もいる。シャトル織機を悪く言っているわけではないのだ。シャトル織機ファンは、沢山いるし、今ならビンテージというジャンルでは活躍できるが、現実には、シャトル織機の生地が売れているなら、廃業はしないはずである。数年前には、100台あるシャトル織機の工場が廃業したばかりだ。これでは、一部のセールストークで遠州織物をブランデイングしていると思われてもしかたない。

遠州織物は、遠州織物=シャトル織機でPRしているが、本当にこれでいいのだろか?と私は思っている。

 

賃織り工場でも、レピア織機、エアージェット織機の素晴らしい、世界一の織物工場がいる。そこにもスポットをあってて欲しいものだ。

2020年のコロナ中でも、100%稼働している素晴らしい丸三織物工場がある。でも、そこもレピア織機だ。麻リネンを365日稼働している。世界一の麻の高密度も織っている。

その他には、特殊織ではカラミ織なども、現在は、ほとんどレピア織機で織られている。

本当に、技術革新していかないと、遠州織物は無くなる。と警告したい

アパレル、デザイナー、小売りなど、全般的に、遠州織物のテキスタイル全般を紹介するべきことだと思っている。

そうしていかないと、新たな最新鋭の織機を購入して、未来に挑戦してくれる織物工場が、1件でも出ていかないと、遠州織物は、近い将来、シャトル織機の産地として生きていけなくてはならなくなる。

そうなれば、余りテキスタイルデザイナーは、必要性がなくなるし。遠州のクリエーションも弱くなる。

 

静岡繊維協会に、言いたいことは遠州織物を一部の業者のためにPR傾向が強いこれは、私よりも、外部の人やアパレル側からも声がでている。「すごく損しているイメージ」と言われている。40年以上にベテラン織職人をスポットを上げたり、先ほど紹介した丸三織物工場、遠州ネットのレピアでカラミを織る工場、エアージェット織機で、凄い織物を織っている高柳ビーテイングがいる。

もう一人、松尾織布は凄い。私の中では、天才と思っているほどのモンスター技術をもった織物工場がある。亡くなれたお父さんも、私の憧れの織職人だった。

”彼らの夢、ために成功するためのPRして欲しい。これが遠州織物の再生させるべき方向だと信じている。

しかし、遠州織物は、いつから浜松市の遠州織物になってしまたのかもっと公平で強い技術、クリエーションのPRしていかないと、遠州織物の損失は大きくなり一方である。

遠州の織技術は、まだ世界で戦える。

彼らの若い力(45歳前後)は、上手くPRしていけば、世界のブランドを驚かすほどのテキスタイルの力がある。確信がある。

遠州織物の未来ためにこの素晴らし技術はお金買えないのだ。彼らのチャレンジャーで得た技術だからこそ、価値があるのだ。

遠州織物の彼らこそ、遠州未来を託すべきことだ。私は願っている。

レピア織機は,YOUTUBEで見られますので、ここをクイックしてくださいhttps://www.youtube.com/watch?v=6iOQ37PeOLA&t=69s

レピア織機の動画、Instagramでは、ここをクイックしてくださいhttps://www.instagram.com/p/CGbZb31AvYl/

オンラインの生地販売は、ここをクイックしてくださいhttps://garage.ocnk.net/

 

 

 

 

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